この村は小さな村らしい 私はここを出たことが無かったから知らないけれど ここは山もあって湖のある村 食べ物には困らないが冬は毎年危険だ そんな村だから、毎年行方不明者が出るのは当たり前の事だった 今年も何名か失った、でも1人だけ瀕死で湖の麓にいたようだった 救出された彼はしきりに「妻が湖で溺れている」と言って…いわば発狂していた 彼の妻は二年前に山火事で死んでいるのだ、だから皆おかしいなと気付けた 特にこの人は妻の死を受け入れて立ち直っていたのだから… その凍え切った彼は次の日、湖で浮かんでいた もう一度、湖に向かって行ったのだ 流石に不審に思った村の当主は、何か何処かに文を出した。おおかた陰陽師の知り合いがいたのだろう 連絡は早かった、彼らが来るのは3日後、それまでに私達は客人をもてなす準備をしなくてはならなかった 3日後に陰陽師の青年と美女がやって来た 美女はその顔に似合わずだらしない短髪であったが、助手故気にするな。と言われていた 私はそれどころでは無かった 昨日、この寒い中娘が行方をくらませたのだ 勿論陰陽師は早々に私の件を見てくれた 捜索から帰って来た夫に話を聞いたりして、この出来事に必死になって探してくれていた 無論美女も私に寄り添って協力してくれていた。遊女ではない、ちゃんとした助手だと皆が確認し、安心した その日もいつも通り吹雪いていた 今ここで起きている怪現象を当主が伝えている 他の村の者は己が第一で家に籠る 当たり前ではあるが…当事者になるとここまで周りの行動が冷たく感じるとは… 仕方がないのだ、探しに行って自分が死んでは元も子もない…わかってはいるけど… 疲れ切って冷え切った夫をお風呂に入れて、晩御飯の準備をしている時 吹雪の中、風の音の中に…確かに娘の声がした もしかしたら自力で帰って来れたのかも知れない 夫が出れない今、道中着をひっつかんで羽織って持って外に走って行った 吹雪いているが確かに娘の声が聞こえる 娘の名前を叫んで、声の方に向かう 走って向かう 「お母さん!」 娘は湖で足を取られている 冬の湖はすぐに体温を奪われて動けなくなる それが子供なら尚更だ 私は走って冷たい湖に飛び込んだ 早く抱え上げなければ ふと後ろに引っ張られた 引っ張った相手は陰陽師の青年だった 何故?!私が声を上げる前に彼は静かに答えた 「よく見なさい、もう見えるはずだ あれは君の娘ではない。鬼だ」 信じたく無かった 信じれなかった 凍える足の感覚が一気に消えた様だった 青年にしがみついて、もう一度見た 娘の声をした 化け物を 気を失いかけた、けれどこれは見ていなければならないと瞬時に理解した 青年は九字を切り、札を出す 美女が物凄い脚力で飛んでいき、化け物に飛びついた 恐らく札を貼り付けて行ったのだろう 化け物を足場に蹴り上げた美女はこちらに戻って来て、私を抱えた あまりの力に驚いたけど、私はまだこの現場を見せてと懇願した ごめんね、貴方も足冷たいと言うのに… それでも嫌がる事なくその場にいてくれた 青年はお経を唱え、鈴を鳴らした ドンと衝撃が起きて一気に風が吹いて来た 湖は静かになり、娘の真似をしたやつのところには、娘の服が浮いていた 凍え切った服が、持ち主のいない服が 全てを物語っていた 受け入れなければならない 冷たい現実が 足より肌より痛かった 【ここから陽の話】 娘は昨日に死していたろう 魂は既に見当たらない、おおかたあの鬼…悪魔が捕食していたのだろう 話を聞き、この村を見た限りでしかないが、中級悪魔は居ない 低級悪魔だからこそ、人を湖に呼び込んで殺して食っていたのだ 中級は大抵魂の味付けと称して願いを叶えに行く この原理も良くはわかっていないが…恐らく味付けだけではないのだろう 人の思いは魔力になるからな… 本来悪魔になどならない動物の命ですら歪めるのだ、きっとそれ以上に力を秘めている 故にこれだけ無造作に殺すのは低級悪魔か…普通にこの地形が迷いやすく事故が多いのか…その程度だろうと勘繰っていた だから村娘が叫んで吹雪の中走って行った時は心底肝が冷えた そして同時に悪魔が現れたのだと理解した 案の定悪魔は人の姿を真似ておびき寄せて人を喰おうとしていた 低級の割に頭がいい、この様な存在もいるのだな… 無事村娘は救えたが…その子は間に合わなかった 当たり前だ、私が来る前に殺されていたのだから だから…問題は無い 無いはずなのに… 助かったであろう村娘は泣きじゃくっていた 我が子は既に救えなかった 何も…出来なかった 全て終えて、村を救って… そして帰路の宿で思考を反芻していた 「あの子を二度殺したようだ」 その悲しみは酷く強く、たった一言が鋭く刺さったようだった …そしてそれはコハクが良く感じていた 「…悪魔が…希望を与えてから絶望に堕とす理由が…なんとなくわかった気がする 感情の起伏が…莫大な力を産むの で…それって物理的を無視した存在にのみ認識ができるワケ」 「つまり…魂還者か…」 「うん…で、この力は陰に傾く、したら悪魔が扱いやすいわけで…」 「逆も然りだ…奴ら…魂還者は…全て滅さなけれなならない…人の…平穏のため…」 『やはりお前も意思に堕ちた者か』 突如背後から声が響く 言葉を聞いたのでは無い、脳裏に言語が響いた 振り返るとそこには白い小鳥が一匹…しかし目は妙に金色でいて…何かとおぞましい 一瞬にて悪魔の類だと判断できたが…首には十字の鉛をかけている 不思議とそれは聖なる力を纏っていた様で 悪魔の体に聖なる器具といった不可思議な存在であった 「…何者だ…?」 『貴公と変わらぬ、異国の祓人だ』 「祓い…ビト…?」 『この姿では疑問であろう。何、そこの悪魔の娘と似たような者だ』 「………何用だ」 『貴公の様な手当たり次第祓う者を指導するのが私の役目でね…君と同じ境遇の魂を持つ者を集めている。君に…招待状さ』 「指導…だと…?」 『…ルーマニアの教会に来れるか?日本のエクソシスト』 「…る…????えく…??」 『ふむ、翻訳がうまく行かぬか…海を超えた先の国だ。難しそうであれば、遣いをよこす』 「………」 「…お…お仕事は終わったよね…?」 「…海を超えたことが無いからな…使いがいるのであれば…ただ資金は多くは用意できない 全てそちら任せになる。それでも指導とやらがしたいのであれば…」 『問題は無い。いつ行ける』 「…ふ、明日の朝に宿を出たら後は自由だ」 『わかった、朝また向かおう』 …そう言って小鳥は何処かに飛び立った 海を超えしものが明日来れるのか…? 冗談を含めて聞いたが…本当に大丈夫なのだろうか… 「ご主人…」 「…大丈夫だろう、何かあれば…異国だろうがなんであろうが…全て滅するのみ…」 何せ今日はひどく疲れた 食事も済んでいるのでもう後は寝るばかりだ… 一度何も考えずに寝てしまおう 次の日、宿を後にした後、人目につかなそうな木陰に移動した それを見越してか昨日の小鳥が降りてきた 「…本当に今日来れるのか…」 『無論。君と、君の召喚悪魔であれば問題ない』 「…この子は悪魔ではない!」 『…そうか、悪かったな』 「…案外あっさり引くんだな」 『言っただろう?私も同じ様なものだと』 「…」 『では行こうか』 その姿に似合わない音量で小鳥が一声鳴く 何が起こるかわからなかったためコハクを抱え、独鈷杵を構える 突如空間に穴が開く 『こちらだ』 白い羽で構成された腕に引っ張られて中に入る 視界が反転する…!!天地が逆になる様だ…!! 青空はひっくり返り赤黒く… 確かに足が地面についているが…空が下にある感覚が否めない… 「にゃ…?!?魔界??!??」 コハクが反応する…確かに彼女は一度魔界に行ってはいるが…この反応では違うだろう…! 『この空間は魔界と現界の狭間…そうだな… “素材界”とも呼ばれている』 「素材…?!」 『ほうら、魂の影しか見えないだろう? 悪意が重い魂ほど影は下…魔界に伸びていって悪魔の手に触れる…さすれば召喚される』 「…!こんなとこがあるならば…ここを見張っていれば…」 『残念だがここを開くのは魔の者しか開けぬ、彼女では力不足であろうし…ここに長くいては肉体が持たぬ』 「う…では早く行かねば…って…ここから目的地に向かうのか…?」 『無論、ではこちらに』 そう声が響くと鳥の羽が空間に散り 突如白馬と馬車が現れる それは日本の良くある物とは違う…妙に凝った装飾が施されている… 「…乗れ…と?」 『そうだ』 …少し気味が悪いが、それ以上にこの環境が嫌なので乗るしかあるまい… 「わぁ!ふわふわ!」 なんとも触り心地の良い布に…ワタか…絶対高級品であろう… 『ではしっかりと掴まっておれ、飛ばすぞ』 「え、飛ば…??!?」 おおかた馬では出ないであろう速度で駆け抜ける 速さに体が置いてかれる 「ぬわぁーー!!懐かしい速さじゃーーー!!!」 コハクは気分上場だ、しかし絶対猫の爆速より早い 『お気に召されたか、ではこのまま加速して行くぞ』 淡々と喋っていた男は少し声色を上げる どうやら楽しい様だ…が… そんな事を気にする余裕もなく速度が上がり…声も出せない… 何度か気が飛ぶかと思った旅路だった… 「っはぁ…はぁ…着いたのか…」 「にゃぁーー楽しかったゃ!」 『それはよかった、さて』 同じ様に空間が開かれる ここを通れば元の青空に帰れるだろう… 『恐らくこの先、君の言葉ば伝わらないだろう…私が翻訳するよ』 「え?」 反転する視界に酔いかけた が そんなことはどうでもいい状態だった 同じ青空、しかし空気も香りも…建物も何もかも知らぬもの… 「Hei, mulțumesc pentru munca ta」 先程の男の声…だか何を言ってるか全くもって聞き取れず、疑問符を浮かべたまま振り返る 褐色、銀髪で眼帯をつけた男は、まるで顔の作りが違う これこそ…異国の民であろう…つまり… 「こ…ここは…」 『ようこそ日の丸の国の者、我が祖国。ルーマニアへ』 …どうやら海を超えて…名もわからぬ異国へ飛ばされていたようだ… これで…どうなるって言うんだ…